【2018年7月】5日目:ティムール生誕の地・シャフリサーブス観光【ウズベキスタンツアー⑨】

朝食はホテルのバイキングです。
毎朝しっかり食べてます。

朝食はホテルのバイキング

出発前に、ホテルにあるポストにポストカードを投函しました。

シャフリサーブスへバスで移動

ティムール朝の建国者・ティムール生誕の地・シャフリサーブスへバスで4時間の移動です。
シャフリサーブス歴史地区は世界遺産に登録されています。
途中、トイレ休憩をはさみます。1000スムが必要でした。公共のトイレでは1000スムかかるところが結構あるので、1000スム札をを使い切らないようにしてました。

職場への“ばらまき土産”に悩んでいる人が多かったからか、ガイドさんが同僚の実家のお菓子屋さんに頼んで、個包装のお菓子の箱詰めとドライフルーツを用意してもらえることになりました。
バスの中で注文して料金を払い、そのお菓子屋さんはタシケントにあるので、最終日のタシケントで品物を受け取ります。クランチが1箱4ドル、杏子が3ドル、プルーンが2ドル、クルミが4ドル、グミが3ドル(だったかな?)、他にもチョコレートと干しブドウがありました。
皆さん何かしら注文していました。私もクランチとドライフルーツをいくつか注文しました。これでお土産の心配はなくなりました。

民家レストランで昼食

民家レストランで郷土料理の昼食です。
広いけれど、家庭っぽい食卓でした。女の子が給仕のお手伝いをしていました。

メニューは、ナッツやお菓子、果物(リンゴ、プラム)、生野菜(トマト、キュウリ)、パン、前菜(サラダ、炒め物)、カリフラワーのから揚げ、スープ、ロールキャベツ、デザート(スイカ、メロン)です。白ワインの値段は失念しました。

民家レストランで昼食

 

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ドルッサオダット建築群

「ドルッサオダット」は「大いなる力の座」という意味です。
ブハラ・ハンに破壊されたせいか、ティムール生誕の地にしては少し寂しい感じです。
この辺りにも、物売りの子供がいました。

ハズラティ・イマーム・モスク

↓モスクの中庭です。入場した時は、ちょうどお祈りの時間でした。

ハズラティ・イマーム・モスク

ジャハンギール廟

22歳で戦死したティムールの息子・ジャハンギールのお墓です。

ジャハンギール廟

ティムールの廟も用意されていたのですが、ティムールが「先生の足元で眠りたい」と遺言したため、サマルカンドの先生のお墓の側に葬られたそうです。

 

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ドルッティロヴァット建築群

「瞑想の家」という意味で、ティムールの父親とその指導者が眠っています。

ドルッティロヴァット建築群

アク・サライ宮殿跡

アーチの片方の柱には「王様は神様の影である」と書かれ、もう片方は設計ミスで「王様は影である」と書かれています。ガイドブックなどでは「そのために建築家は殺された」と書かれているのですが、ガイドさんの話は違いました。
それを見つけた大臣がティムールに相談したところ、ティムールは「どちらが正しいかは後世の人が決めることだ」と言って建築家を許したのだとか。

アク・サライ宮殿跡

ティムール像

宮殿跡からティムール像に向かう途中には遊園地がありました。
結婚したカップルはこの像の前で記念写真を撮るそうです。

ティムール像

※ブログ内の物価は当時のものです。

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【2018年7月】4日目の続き:ブハラ観光~民族舞踊ショーを見ながら夕食~【ウズベキスタンツアー⑧】

イタリアンレストランで昼食

メニューは、サラダ、パン、フランスパンの上にトマトやチーズをのせたもの、スープ、ラザニア、デザート(2色のアイスクリーム)です。ラザニアが美味しかったです。チョコレートアイスよりもバニラアイスの方が甘かったです。
フルーツアイスティー(アルコールの入っていないサングリアのような味)は15000スムでした。

イタリアンレストランで昼食

本当はピザが出てくるはずでしたが、停電のために窯の火力不足でパスタにメニューを変更してほしいと言われました。
皆さんお腹いっぱいでパスタまで食べられる状態ではなかったので、パスタを断わりました。(1人、すごく食べている男性がいたので、その人は残念かも… と思ったのですが、その人は翌日にお腹を壊してダウンしてました。原因はこの後の夕食だったようです。)
また、デザートはスワンの形をしたシュークリームだったのですが同じ理由からアイスクリームに変更になりました。

この時、他の日本人ツアー客もお店で食事をしていました。
その人たちはウルゲンチ空港から飛行機で移動するはずだったのに、暑さのせいかテクニカルな問題で空港が閉鎖になってしまったのだと、後から聞きました。
1日ずれていたら、私たちのツアーもどこかで立ち往生していたかもしれません…

 

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マゴキ・アッタリ・モスク

土の中に埋もれていたのを、ロシアの考古学者シシュキンが発掘しました。
壁面が三層にわかれていて、彫刻されたレンガの層、アラベスク模様の層、最も新しい層になっています。

マゴキ・アッタリ・モスク

ラビハウズ

「ハウズ」とは池を意味します。
池のほとりでアヒルと鴨が休んでいました。

ラビハウズ

フッジャ・ナスレッディン像

フッジャ・ナスレッディンはユーモアあふれる神学者だそうです。
子供をロバの上に乗せて写真を撮っている家族がちらほらいました。
街で見かける民芸品のおじさんは、この人のお父さん(おじいさんだったかも)らしいです。

フッジャ・ナスレッディン像

↓木陰で猫が昼寝していました。
昼寝する猫

ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ

時の大臣ナディール・ディヴァンベギはキャラバンサライにするつもりで建て始めたのに、ハンが「素晴らしいメドレセ」と言ったため、急遽メドレセにしたそうです。
イスラム教では偶像崇拝を禁止していますが、鳳凰のような鳥と太陽神らしき顔が描かれています。

ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ

内部はお土産物屋さんになっていて、4~10月は民族舞踊ショーが催されています。
いったんホテルに戻って休憩した後、ここでショーを見ながら夕食です。

休憩時間が3時間近くあったので街歩きをしようと思ったのですが、なぜかメドレセのある場所にはたどり着けず、住宅街をぐるっと回っただけでホテルに戻ってしまいました。(地図に市役所の場所が載っていたら、もっと方向が分かったと思うのですが…)
この時、ホテルのフロントでポストカード(11500スム)と切手(3500スム)を買いました。

 

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民族舞踊ショーを見ながら夕食

ナディール・ディヴァンベギ・メドレセで、民族舞踊ショーを見ながら夕食です。
音楽に合わせて、綺麗な衣装を着た女性が踊ります。
踊りの合間はファッションショーのようで、スタイルのよい女性たちが歩いてきて、ポーズを取って去っていきます。

民族舞踊ショーを見ながら夕食

メニューは、前菜(サラダ、炒め物)、ナン、ジャガイモ(だったと思います)のパイ包み、つぼ焼きスープ、スイカです。赤ワインは25000スムでした。
スープを完食した人は、翌日お腹の調子を崩したようです。
スープの中にお肉が入っていたのですが、皮?がついているものがありました。(私は食べませんでしたけど。)
そのせいかなぁと思ったのですが、スープ自体が脂っこかったからみたいです。

民族舞踊ショーを見ながら夕食

翌日はシャフリサーブスを通って、サマルカンドに移動です。
ブハラでは子供たちがポストカードなどを売りに来ました。(私は買いませんが…)
それほど数は多くないのですが、観光が盛んになったら増えるかもしれません。

※ブログ内の物価は当時のものです。

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【2018年7月】4日目:ブハラ観光~タキ・バザールでお買い物~【ウズベキスタンツアー⑦】

朝食はホテルのバイキングです。
メニューはそれほど変わりませんが、メロンやお菓子があって嬉しかったです。

朝食はホテルのバイキング

世界遺産に登録されているブハラの観光です。

イスマイール・サーマーニ廟

892年~943年にかけて建築された、中央アジア最古のイスラム建築です。ゾロアスター教の影響も受けている珍しい建物です。
土に埋もれていたのをソ連時代に発掘したそうです。

イスマイール・サーマーニ廟

建物の周りを左に3回周ると願いが叶うということで、皆で歩いて回りました。ただし、願いがいつ叶うかは不明だとか。
建物の穴が蜂の巣になっているみたいで、ガイドさん曰はく「その蜂は毒があるから気をつけて」。

↓ウズベキスタンでやたらと見かけた鳥。結構大きな声で鳴きます。
ウズベキスタンでやたらと見かけた鳥

チャシュマ・アイユブ

チャシュマ・アイユブは「(旧約聖書の予言者)ヨブの泉」という意味です。
ヨブが杖でここを叩いたら、泉が湧き出たという伝説があるそうです。
塔の上にはコウノトリのオブジェがあります。

チャシュマ・アイユブ

 

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バラハウズ・モスク

ブハラ・ハン専用のモスクで、ハンはアルク城から赤絨毯の上を歩いてこのモスクに来て礼拝したそうです。
内部は白と青で美しかったです。

バラハウズ・モスク

アルク城

歴代のブハラ・ハンの居城です。

アルク城

チャイハネでティータイム

建物の3階にあるチャイハネでティータイムです。
日本で日程表を見たときに「ティータイムが多いなぁ…」と思いましたが、お手洗い休憩を兼ねていたのかもしれません。

チャイハネでティータイム

チャイハネから、カラーン・モスク、カラーン・ミナレット、ミル・アラブ・メドレセを一望できました。

カラーン・モスク、カラーン・ミナレット、ミル・アラブ・メドレセ

ミル・アラブ・メドレセ

ソ連時代にも開校を認められていた神学校です。

ミル・アラブ・メドレセ

カラーン・モスク、カラーン・ミナレット

シャイバニ朝時代に建てられたモスクです。「カラーン」とは「大きい」という意味です。
隣にはとても大きなミナレットがあります。
このミナレットはチンギス・ハーンにも破壊されなかったので、様々な伝説が残っているのだとか。
かつては死刑が執行された怖ろしい場所でもあります。

カラーン・モスク、カラーン・ミナレット

 

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タキ・バザールでお買い物

スザニのお店、刃物のお店、紅茶のお店で一通り説明を受けた後、自由時間となりました。
ここでも手描きの木箱が売られていました。値段はヒヴァとそれほど変わりませんでしたが、デザインはヒヴァの方が好みでした。

↓左側の画像が紅茶のお店、右側の画像が刃物のお店です。
タキ・バザール

スザニのお店で出された紅茶が美味しかったので、リーフのスパイスティー(6ドル)を買いました。
刃物屋さんではコウノトリ(オス)の鋏(20ドル←たぶん、ツアーによるボリューム・ディスカウントです)、ブハラ・シルクのスカーフ(1枚10ドルを2枚で18ドルにしてくれました)を買いました。

タキ・バザールでお買い物

ウルグベク・メドレセ

1418年にウルグベクが建てた、中央アジアに現存する最古の神学校です。
自由時間に各自で見に行きました。

ウルグベク・メドレセ

アブドゥールアジス・ハン・メドレセ

ウルグベク・メドレセの200年以上後に建てられた神学校です。
こちらも自由時間に各自で見に行きました。

アブドゥールアジス・ハン・メドレセ

※ブログ内の物価は当時のものです。

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